2020年の振り返りスペシャル、第2回は念願の8輪体制が叶った、マツダ ロードスター増車の話。
ネガティブ要素満載の2020年だったが、ウルトラポジティブな案件がひとつだけあった。それはマツダ ロードスターの戦列配備である。当家ではロドっちと呼ぶ。
仙台駅東口にて引き継ぎの儀。
今は無き多摩ナンバー
当ブログのコメント欄常連にして「クルマで行きます」関東支部員、Profumo姐さんから譲り受けた1台。病気で投与されていた薬の副作用で頭が狂っていたとは言え、筆者としては大胆な買い物である。薬以外の理由には、実は筆者の息子の存在も重要である。
なぜなら当家のロードスターは息子の持ち物だからである。便宜上名義は筆者で、任意保険は家人が負担しているが、ローンは彼が支払っている。BMW Z3(の中古車)を買うべくバイトで金を稼いでいた息子としても、ゼロから優良物件を探すZ3よりも、瓢箪から駒的な超美麗NCロードスターオーナーになれるのは望外の喜びだったようだ。唯一の問題はこのエントリーを上げている現在も彼はまだ免許が取れておらず(爆笑)、我が家の玄関前に停まっているロドっちを指をくわえて見ていることしかできないということだ(教習車トヨタ コンフォートに散々乗って帰宅した夜、自宅に入る前にロドっちの運転席に座ってひたすらシフトチェンジ動作を楽しんだらしい)。まぁあとは免許センターで学科試験を受けるだけなので、免許取得は時間の問題だと信じたい。ロドっちは2021年春に、彼の就職と共に仙台を離れる予定である。
ロードスターというクルマが如何にストイックで如何に楽しいかということは、当ブログでは様々に書いてきたつもりだが、思い返すに決定的なことは書いていないように思えてきた。もっともあのクルマはわかる人には多くを語る必要がないし、わからない人は乗ってもらう、あるいは運転してもらうしかない。それでも言葉だけでロードスターを説明するなら、「蒸留水のようなクルマ」であろうか。ロードスターには「走ること以外の機能」がほとんどない。走るしか能がない。余計な不純物がない様はまさに蒸留水である。だがそのおかげで物理の法則どおりの動きに運転手は晒される。適当な運転を電子制御安全装置で庇ってくれるお節介さはない。道具としてシンプルなのだ。
電子制御云々の伝で言えば、現代のクルマは「運転の下手な人でも運転できるように造られている」ということができるだろう。マニュアルシフト操作ができない。繊細なアクセルワークができない。正しい軌道で旋回することができない。美しい制動ができない。そういう人こそが自動車販売の最大ボリュームゾーンを作っている。だから不感症の権化みたいな自動車でも、ヘタクソが事故を起こさない製品を製造販売することは、経済活動としては至極当然の帰結ではある。だがしかし、自動車運転を知的興味の昇華や、身体制御の果てにある高度な運動体足らしめたい人種にとっては、甚だ迷惑な話でもある。いやいや、世の中の歩行者や自転車乗りにとっては、そんな危険な運転手を電子制御で庇ってまで世に放つなという話ではないか。
10年オチのホンダ フィットやスバルの絶版サンバーで教習所のお手本のような美しい運転をする人も中にはいるし、完全な実用車なのに乗ると破顔一笑してしまうような傑作グルマも折々に作られてはいる。しかしそれは稀有な例だ。そんなカオスな自動車世界において、ロードスターは希有な存在だ。常にギリギリでありソリッドであり、余剰のない不便なクルマである。例えば濡れた路面でアクセルを吹かしすぎると、リアが流れ出す。電子制御がエンジン回転数を絞ったりしない。だがそういう状態を体験すれば、クルマの乱暴な運転は本来危険な行為であり、だからこそ努力してそれを制御できるようになることは楽しいのだと、理屈ではなく体感できるのだ。
筆者ももれなくそういう体験をした。今はプン太郎に乗ってもフロントガラス越しに見える景色は微妙に違う。このクルマを速く安全に走らせる最適解は何か?と自分に問いかけつつ走っているし、自分の前や後ろのクルマ、次々と現れる対向車が妙な動きをしないか気になる。これってつまり、自分の運転操作・制御を意識しての運転であり、積極的な周囲の安全確認行為そのものである。ロードスターの運転体験で、それが自然に自分の中に湧き起こるのだ。免許取得と同時にロードスターを運転できる息子は幸せ者だ。
L to R 筆者・kikuchiさん・alfa_manbowさん
息子撮影
このエントリーを2020年最後のエントリーとしたい。読者のみなさまにおかれましては、つつがなき新年を迎えられるようお祈りいたします。そして2008年から続けてきたhttp://withcar.jugem.jpの更新は終了とし、今後はアーカイヴとしてご活用いただきたい。このブログを続けてきたおかげで、良いご縁をたくさんいただいた。感謝多謝である。
明日2021年1月1日以降は今ご覧のこちらのサイトにて引き続きお会いしたい。よろしくお願いいたします。