既報のとおり当スタジオ主力戦闘機アバルト プントエヴォは入院中である。株式会社イデアルのサービスフロントTさんが気を利かせて、入院期間中の代車にはプジョー 207を用意してくれていた。
Tさんは「AL4の強引なシフトチェンジを楽しんでください」と、我々ヘンタイがよくやるようにニヤッと笑いながらキーを渡してくれた。しかし、筆者が真っ先に考えたのは「もうAL4はいいよー」だった。普段から代車にブーたれる筆者に気を使って、Tさんは「曉スタジオ代車指定」とまで書きこんで用意してくださっていたのに。罰当たりな話だ。すみません。しかしプジョー 307SWと家人のシトロエン DS3と、都合14年くらいAL4に付き合ってきた筆者の、それは嘘偽りのない第一声でもある。10年代以降のプジョー/シトロエン車両に明確な転換点があるとしたら、それは現行モデルでも主流となっている3気筒ガソリンエンジン+過給器と6段ATが搭載され始めた時だろう。プジョーなら先代208、シトロエンとは別ブランドになったが、DSオートモビルズ DS3の最終モデル。単なるマイナーチェンジだが、クルマは別物のように良くなった。エンジンが軽くなったことで前後重量バランスが改善され、トランスミッションの多段化で日本国内の道路交通実情にもスマートに対応できるようになった。6段で多段化?笑わせちゃあいけないよ、とレクサスオーナーなどは言うのかもしれないが、実際この組み合わせのシトロエン C3を日常の足として運転してみると、速度域で言えば30-60kmの細かな変速が乗り心地によく効いていることを実感する。すでにそういう運転作法に慣れてしまった筆者が、改めて旧世代の1.6l非過給+Al4の4段ATの組み合わせにどのような感想を持つのだろうか。改めて207に乗る時に興味を覚えたのはそこだった。
ということで、今回はプジョー 207の試乗記をお送りする。
プジョー 207(車検証による)
総走行距離約76,000km
初年度登録 平成23年(2011年)
形式 ABA-A75F01
原動機の形式 5F01
排気量 1.59L(ガソリン)
車両総重量1,545kg(前軸重810kg 後軸重460kg 車両重量1,270kg)
全長 404cm
全幅 175cm
全高 147cm
「加速が不器用で重いんだよなー」と、マイナスからの出発となった207 at イデアルさんの来客用駐車場。くたびれたきった国産車を代車にアサインされた経験もあるので、それに比べりゃ1万倍良いが「ばら色の代車ライフ!」とテンションが上がるほどでもない。実際走り出しはプン太郎とどうしても比較してしまうため、いろいろな動作が緩く思えたが、100kmも走れば気にならなくなる。特に旋回動作が腑に落ちるのでチャラくらいには持ち込めるとも思えた。腑に落ちる?そうまさに「腑に落ちる」のだ。少々旧い例だが、筆者はある時期2代目トヨタ プリウスを頻繁に運転していたことがある。あれは「なぜ曲がるのかよくわからない」うちに旋回動作が始まって終わってしまう「ドライバビリティを無視した自動車」だった。ハンドル中立付近の遊びは多いし、速度に関わらずハンドルへの抵抗は一定で、速度と旋回の関係が終始曖昧なのだ。片や207は旋回を始める瞬間、運転手がハンドルを切りタイヤの向きが変わり始めた瞬間から、運転手の意志に忠実な動作をし続け、出している速度によってロール量やタイヤ抵抗の多寡を逐一伝えてくる。筆者が知る限りでは、軽自動車も国産B/Cセグメント車両も、特にハンドル切り始めの情報がものすごく少ない。常に「もっとハンドルを動かした方がいいのかな?」とどこかに不安を抱えたまま旋回しなければならない。旋回から直進に戻る時も、もう直進に戻ったかな?と様子を窺う時間がある。207にはその必要がない。さぁ曲がるぞ!と思った瞬間に必要充分にタイヤは角度を付け、旋回動作から直進に戻る瞬間も、掌で直感できる。運転手の生理に順応する動作だと言える。
本文で触れられなかったが、内装も「フランス車ならさぞや……」という期待を裏切る地味さ
2DINユニットならセンターコンソールにインストール可能
いきなり旋回のことを書いたが、加速も制動も旋回ほどの美味はないのだからしょうがない。軽くて小さいという理由で軒並みCVTしか選びようがない国産B/Cセグメント車+軽自動車と、Tさん曰くの「強引なシフトチェンジ」しかできないAL4を搭載した207ではどちらの加速動作が洗練されているか。これはどっちもどっちだと筆者は考えるが、明らかに加速に段が付く207の加速を「古くさい」と思う国産車ユーザーは少なくないと思う。エンジン音の押さえ込みも大したことないので、ショックだけではなく音でも変速のタイミングを検知できてしまう。そうではあるのだが、平日日中の仙台市街地での交通の流れに乗るのは、まったく苦にならなかった。少ないギア数が意外や利となって、20-50kmくらいの速度域ではAペダルの抜き差しだけである程度の速度調整ができてしまうのだ。
最下層モデルでもホワイト盤面。実は快晴の日などはメーター視認性が落ちる
ブレーキのマスターサーボをLHD環境のまま(つまりボンネット内の左に残したまま)、運転席側のBペダルの踏力を、リンクと言う名の横棒を介して伝達して作動させる日本仕様207のブレーキは、そのリニアリティにおいては決して褒められたものではない。しかしパニックブレーキまで含めた全体的な制動能力という意味では、明確に優秀を認められる。その安心感こそがブレーキ性能の本質だと思う。ただこの点は履かせているタイヤの性能にも拠るので、ブレーキ単体の性能云々では論じ切れないが、少なくとも3代目トヨタ ヴィッツの、踏めば踏むほど制動感が希薄になっていくような、頼りないブレーキではない。
タイヤはヨコハマ ブルーアース 195/55/R16 87V
つまり2021年に乗るプジョー 207はこうだ。加速動作は粗い。旋回はさすがの出来。制動はRHDモデルに限ればリニアリティが薄い。三戦一勝二敗である。しかし念のためプジョーに温情判定もしてみよう。そもそも207はフランス車であり、その素の状態はLHD+MTモデルであろう。LHD+MTであれば、RHDモデルで指摘した加速と制動の粗さやリニアリティ欠如は、まったく印象が変わると思う。粗い加速はAL4が犯人だし(そのAL4ですら手動で変速すればその粗さはかなり回避できる)、ブレーキのマスターサーボにペダルが直結であれば、そもそもプジョーのブレーキはリニアリティに溢れ美味なのだ(試しに減速時に手動でニュートラルに入れてみればわかる)。着座姿勢に目を移しても、RHDモデルには凶悪なペダルオフセットも存在する。そのオフセット解消の方策だと思うが、おそらくRHDモデルのシート位置はLHDに比べて後退しているはずだ。変に内側ドアオープナーが遠いのはそのせいだろう。しかしそれらもLHDであればそもそも存在しない瑕疵だ。その健やかであろう207LHDモデルを想像すれば、加速は凡庸でも旋回も制動もクルマが語りかけてくる情報は豊かなはず。
いやここは日本ですから!という声には筆者も反論する言葉を持たない。改めて一勝二敗の成績で判断すれば、プジョーは日本(というか左側通行環境のお客)を舐めていると思う。だから例え「これまで輸入車を運転したことがなく、たまたま乗り換えのタイミングで気安いクルマ屋さんか、親戚・知人から207をただ同然で譲ってもらえることになった人」から購入の相談を受けたとしても、積極的にお勧めすることはしない。ただLHDモデルなら話はまったく逆になる。「プジョーの考える中庸とは、こういうものか」と、フランス人の日常生活や肌感覚を、身を以て深く得心できる貴重な経験となるはずだ。おそらくプジョーが「買い物グルマ」を作ると207のようなものができるのだろう。彼の地のお国柄・国民性を映し出す鏡としては、今回代車を務めたこの207はとても優秀だ。
LHD+5MTの素モデルだとしても、どうしても指摘したくなるウィークポイントがあるとしたら、それは緩いエンジンマウントだろう。AL4の粗い制御だと横置き直4がブルンブルンとシャクる様子がありありとわかって興醒めだが、こいつはMTでも消せないだろう。根源的に歪なところや煮詰めの甘さはある。運転席に座りそれと対峙する時、筆者は「うーん。悪いヤツじゃないんだけどなぁ」とため息をつくしかない。
あ、もちろん短期間の代車としては望外の優良物件です。Tさんありがとうございます。