筆者周辺の数少ないMiToオーナーだったトーマスさんが、とうとうアルファロメオ MiTo QVを降りることになった。乗り換え先はなんとBMW M235i xDrive グラン クーペである。筆者は先日友人の135iクーペを試乗させてもらったばかり。その機動性、剛性感、基礎能力の高さなどにすっかり参ってしまった。エントリーのタイトルに「良すぎて欲しくない」とまで書いたほどだ。友人によると135iクーペの直接の後継は2シリーズクーペなのだという。その中のM GmbH謹製M235i xDrive グラン クーペ(以下M235i)である。そりゃ当然興味津々である。「ファーストインプレッションミーティング、やりませんか?」とお誘いしてみると「ぜひ」という嬉しいお返事。あお師匠とalfa_manbowさんにもご参加いただき、晩秋の試乗会が行われた。
快晴の11月下旬のある日、集合場所となった某洋菓子店駐車場に怪しいクルマが三々五々集まってくる。アルファロメオ 147(あお師匠)、155(alfa_manbowさん)、屋根開けっぱなしの筆者のロドっち。そんな90-00年代のヴィンテージ集団の中でM235iは異次元の存在感を示す。青なのか緑なのか、日光のあたり方で微妙な色味変化を見せる「スナッパー・ロック・ブルー(多分)」の塗色。複雑玄妙なカーブを見せる外皮のプレスと組み立て精度。一時期から一転して巨大化しはじめたキドニーグリルを擁するフロントマスク。とびぬけたクオリティの工業製品は見ただけでそれが伝わってくるものだが、M235iはまさにそれだ。ぽっかり空いたエアダクトや巨大で美しいブレーキキャリパーなどがその印象をさらに加速させる。我々の邂逅第一声は「うーん。こりゃすげえ」であった。
とりあえず座ったり眺めたりした後、トーマスさんを囲んでヒアリング。オーナーのファーストインプレッションを要約すると「乗せられてる感じ」なのだそうだ。『駆けぬける歓び』を社是とするBMW製品の印象としては、どうにも腑に落ちないインプレッションである。もうこりゃ走ってみないとわからない!ということで、まずはオーナーの運転で七ヶ浜町内を縦横に走り回ってみる。余談だが宮城県の海沿いの町七ヶ浜の道路は、アップダウンと適度なコーナーの連続で、あお師匠は「貸切にして走行イベントをやればきっと面白い」とおっしゃっていた。慧眼である。ちなみに納車から日が浅く、トーマスさんのM235iは実走行距離がわずか800kmほど。BMWは馴らし運転距離を2,000kmとしているそうで、この日はエンジン回転数上限3,000rpmという条件がついていた。公道でもあり「そっか、仕方ないな」というムードが参加者の中になかったわけではないが、その後走り出してみれば、上限3,000rpmでむしろ良かったと思えるほどの俊足ぶりをM235iは見せつけた。
この後の展開を時間軸で書いていくと、ただでさえ冗長な当ブログがさらに冗長になるので、同乗試乗も含めて筆者が得たもの・感じたことを、項目を立てて箇条書きにしたい。
1.全体的に高品質
2.動的性能の高みに悶絶
3.座り心地最高のイス(前も後ろも)
4.不思議なEPS(パワステ)
5.二面性のあるブレーキ
6.BMWなのに……なペダル配置
7.後部座席の罠
1.全体的に高品質
冒頭に外装の第一印象を書いたが、もちろん内装も組付け精度の高さは相変わらずで、アルファロメオ ジュリアの内装組付け工程管理者はBMWの担当者の爪の垢をエスプレッソに混ぜて飲むと良いと思う。イタリアの自動車に乗っている筆者からすると「なんというか、ここまでやらないとダメなんですか?」という気はする。Tシャツに短パンでは乗れないムードではある。
2.動的性能の高みに悶絶
筆者レベルではM235iの内外装を眺めただけで居住まいを正してしまう。だから加速・旋回・制動の高みについてをや。もう、今さら言わせんな、の世界である。三要素の性能が尖っているのではなく、加速中と言わず旋回中と言わず、常に姿勢はおそろしく安定している。その結果意外なほど安楽なのだ。これだけの高性能車に乗っているのに……と、ギャップに戸惑うくらいだ。高速道路で片道400km/往復800kmなんて楽勝だろうと思う。
3.座り心地最高のイス(前も後ろも)
その安楽加減をさらに加速させているのがこの「M スポーツ・シート」である。はっきりと硬く、身体が沈み込むマージンすらほとんどないのだが、反応の速い足回り(この足回りだけでエントリーが1本書けそうなくらい興味深い)と組み合わされると、不快ではまったくない。シートそのもののホールド感はガチガチではなく、腰周辺をソフトに固定してくれるGT的性格ではある。ちなみにオプションの「パーフォレーテッド・ダコタ・レザー」を装着。色はマグマ・レッドという赤ともオレンジとも言えぬ絶妙のウォームカラーだった。
ということで最新のBMWの、それもヤンチャ系モデルの出来栄えにはしゃいでいた我々だが、助手席や後部座席に座り、短距離でもステアリングを握らせていただくに至り、気になる点も見えてきた。
4.不思議なEPS(パワステ)
端的に言ってダイレクト感がわずかに薄い。コンフォートやスポーツの名で制御パターンが変わる。どのモードであっても中立からの切り始めに余計なフリクションはないし、手応えという意味では非常に好ましい反応をするEPSではある。いや重い軽いの話ではなく、どこかよそよそしいと言えば良いだろうか。よくよくそこに集中してみると、前輪の動きとステアリング操作の結果返ってくる情報に、紙1枚挟まっているようなもどかしさがある。これはあれだ、オンライン会議と同質のもどかしさである。可変ギアレシオ機構の為せる業なのだろうか。今回はその効能を実感できる高負荷な場面は無かった。だがこの違和感は先日の135iクーペの油圧アシストステアリングの甘美な印象との比較が原因ではないと思う。
5.二面性のあるブレーキ
ブレーキの効きそのものは強力なのだが、リニアリティという面では少々惜しかった。問題は踏み込み時ではなく、停止位置を決めるための操作である「抜く時」である。今さらこんなことを書くのは文字数を徒に増やすだけのような気もするが、クルマを停止させるために運転手が取る行動(運転操作)は2段階に、細かく言えば3段階に分かれている。停止する場面を思い浮かべていただきたい。まずBペダルを踏む。望む分だけ減速する。同時に減速し続けるに従って踏力を減らしていく。この段階が「ペダルを抜いていく動作」である。この時のペダルを通して足の裏が受け取る情報描写が甘い。踏み込み時の反応が鮮やかなだけに、この抜く時のふにゃっとした甘さがもったいない。
6.BMWなのに……なペダル配置
完璧だったあの135iと比べると、わずかではあるがA,Bペダルとも左に寄っている。2ペダル(8速スポーツAT)なので致命的ではないし、筆者の過剰な思い込みである可能性もある。世の中の自動車全体を見回してもM235iのペダル位置は正しいのだが、あのBMWで?とこっちも厳しくなってしまう。
7. 後部座席の罠
グランクーペである。流麗なスタイリングなのである。後部座席、シートの設えは破綻がないが、背面にきちんと背中を付けて背筋を伸ばすと、身長171cmの筆者ですらなだらかに下る屋根に頭がこすれる。
あまりにすごいクルマなのでつい粗探しをしてしまったが、2020年に購入する新車というカテゴリーでは間違いなくトップリーグにいる。加速・旋回・制動の各要素は高バランスで、当然高機能である。クルマの根源的な魅力はそれだけで充分担保できているのに、電子制御のオプションがこれでもかと付いてくる。細かくは味わえなかったが、エンジン、シャシー、エグゾーストサウンドまで個別に調整できる各モードや(今回は体験できず)、直前の軌跡を完全に再現してくれる機能(何を言っているかわからないと思うが、リバース・アシスト/後退時ステアリング・アシスト機能とはつまり、限定的な自動運転だ)など、電子制御で武装した先にある「自動運転の世界」がリアルに感じられる体験でもあった。
自動運転と言えば、我々クルマヘンタイには縁のない機能、縁を持ちたくない機能の筆頭ではあるが、M235iで垣間見たBMWのそれは、如何に人間を主役に据えようかという試行錯誤が感じられるものでもあった。実際に筆者も家人のシトロエン C3で高速道路走行時のクルーズコントロールには世話になっているわけで、そのありがたみを理解した上で、様々な電子制御技術を重畳するM235iでBMWが『駆けぬける歓び』を獲得しようと努力した痕跡はちゃんとわかる。とにかくあれだけの高性能を取っ散らかさずに、運転手とコミュニケーションが取れるものに仕上げようと努力し、なおかつ「安楽」にすら走れるように調律したことはさすがとしか言いようがない。
もっとも当然のことながら「安楽なだけの旦那グルマ」などではなく、おそらくちゃんとあたりが付けばワインディングへ持ち込んでも相当攻めることができるだろう。xDrive=FF由来AWDの強みは実はそういうステージでこそ発揮されるのかもしれない。つまりコンフォートとアグレッシブの両方を、高い次元で共存させたのがM235iだと言える。
一方で電子制御を重畳してなお人間を運転行為の中心に据えようと努力するのならば、EPSやブレーキなど、まだ煮詰められる部分があるとも思う。筆者個人としてはせめてパワステは電子制御ではなく油圧アシストにしてほしい。M235iはBMWの中でもその看板となる正統派セダンモデル3、5シリーズとは違う。そもそもBMWを選択するオーナーはかなりの割合で「運転そのものに興味があり、その高性能と対峙しよう」と考えている人々だろう。だとするといくつかの機能をあきらめることになっても、135i由来の油圧アシストステアリングを採用することで、M235iの運転体験は一層濃密になるはずだ。『駆けぬける歓び』の本懐はそこではないのか。
しかし。このことも声を大にして言いたい。そんな外野の野次を気にせぬ現状のままでも、M235iは多くの運転手の運転免許証の寿命を縮めることになるだろう。M235i xDrive グラン クーペに乗るということは、愉悦と背中合わせの危険、「停」ではなく「取」がすぐ目の前に迫る日々となるはずである。同時に運転に真摯に向き合おうとする人なら、「電子制御クエスト」としても楽しめるクルマである。トーマスさん、ありがとうございました。