ハードコア自転車乗りの同僚が「秋保温泉の奥から山越えして山寺まで行けるの、知ってました?」と訊いてきた。二口(ふたくち)林道でしょ?もちろん知っている。車両すれ違い不可能なパートすらある未舗装のワインディングだ。最初に走ったのは友人のジムニーの助手席で。ゴールデンウィーク明けからしばらく経っていたが、それでも峠の頂上付近で2mを超える雪壁に阻まれすごすごと引き返してきた。自分のクルマで走破したのは、さらに何年も後、山形県山形市の山寺側から。まだカローラに乗っていた頃だ。たまたま山寺を訪れ、気まぐれに分け入ってみた。当時としては峠越えは大冒険で、「すごい細いクネクネの砂利道をひたすら上り下りした」としか記憶に残らなかった。後年MiToに乗り換えて遠乗りの楽しさを知ってからも、よせば良いのに再び秋保側からチャレンジした。が、磐司岩付近(林道入口から5kmくらい)で、対向車とのすれ違いに苦労し、それでなくてもアンダーカバーをガリガリこすりまくって、さすがにクルマを壊してしまう予感で胸がいっぱいになり、途中敗退した。賢明である。況んや不必要にフロントの車高が下がってしまったプン太郎で挑戦すべき道ではない。いずれランドローバー ディフェンダー90を買ったら行ってみたい候補トップ3である。「でも舗装されたみたいですよ?」「ふぁっつ?」それはどうやら本当らしい。同僚の示したある記事では2019年に全線舗装されたとある。実は2020年退院明けに、散歩のつもりで磐司岩付近まで行ってみたことはある。確かに舗装路だった。だがどうせその先で舗装は途切れるのだろうと勝手に思い込んで、そこで引き返してきた。そうだったのか!さぁこうなるともう走りたくてたまらない。そもそも山寺もしばらくご無沙汰である。9月に入って暑さも和らぎ、灼熱の山形盆地を訪れるには良い季節となった。行くぜ、二口林道。
前日からめちゃくちゃ楽しみで、当日は朝7:30に自宅を出発した。思えば春以降、こんなにわくわくするひとりツーリングは久しぶりだ。芋沢、陸前白沢などを経由し、R457からK62に乗り換えて秋保大滝を目指す。筆者の感覚ではこの秋保大滝は仙台市の最果てだ。昨年走ってみた時に改めて認識したのだが、この秋保大滝からさらに山中へ向かっていくと、まだ集落はある。住所でいう太白区秋保町馬場野尻は、江戸時代、伊達藩の足軽集落だったとのこと。この二口街道は七ケ宿<>高畠、笹谷<>山形、関山<>村山と並ぶ、宮城県と山形県を結ぶ重要な街道だったらしい。伊達藩の足軽集落と言えば七ケ宿から福島県・山形県との境にある稲子集落を思いだす。あちらは限界集落だが、秋保はまだちゃんと人々が生活している感触がある。二口キャンプ場を通り過ぎ、昨夜の雨で濡れて濃い色になった舗装路をさらに西へ進む。
今にも降り出しそうな雲行きだが、なんとか磐司岩の片鱗は観ることができた。ここから先は冒頭に書いた、酷い目にあった記憶しかないワインディングである。意を決して……という風情でプン太郎を進めるのだが、なるほど、道は狭いがかなり質の良い舗装路だ。対向車とすれ違うための避難場所も相当数設けられている。キツネにつままれたような心持ちで標高を上げて行く。
あの法面補修の部分に雪壁がそびえていた
とうとう友人のジムニーでデッドエンドになった頂上付近まで来た。もちろん今は身長より高い雪の壁など跡形もない。だが外気温は16度くらいまで下がっていて、プン太郎を降りると薄ら寒い。時々雲の中に入ってしまう。当然フロントライトはハイビームのままだ。この頂上付近=県境付近の展望台と看板のあるあたりから宮城県側を見下ろすと、これまでの経路が如何に急峻な道だったかよくわかる。そしてこの辺までの折々の景色はちゃんと記憶に残っているから驚く。九十九折りのカーブの具合や、カーブミラーに映る絵を何となく覚えていた。「もう5月なのに、まだ雪の壁があるらしいぜ」という友人を、無理やり誘ったのは筆者であった。助手席からの眺めですら覚えているのだから、当時としては一大トピックだったのだろう。
さらに進むと県境である。すでに眼下に広がるのは山形盆地の景色だ。ここから天気はどんどん回復し、雲は流れ去ってしまう。また山形側は道路幅に余裕がある。頂上からの高低差は宮城側と大差ないが、道路幅が広いことでこんなに心理的に余裕が生まれるとは……と驚く。しかも舗装もきれいだ。鬼首と最上町を結ぶK63は猛省してほしい。するすると下ってとうとうJR山寺駅へ到着。
結局山寺到着の直前まで対向車は1台もいなかった。素晴らしい。終始マイペースで峠を越えられることなど滅多にない。仙台・山形ルートに大型新人現るという感じだ(いや、古の街道ですけど)。大満足して駅舎前にプン太郎を停める。本当は駐車禁止なのだが、とにかく誰もおらず静まり返っている。人っ子ひとりいない。しかも時計を見れば時間は9:30である。道中何度も写真を撮るためにクルマを停めてもなお、2時間足らずで山寺到着である。これには驚いた。実は山寺に着いたら軽くそばでもたぐって……と目論んでいたのだが、当然ながら飲食店は軒並み準備中で、第一筆者の腹が減っていない(笑)。
停めたプン太郎を目視できる範囲で駅前をうろうろしてみるが、深閑としているばかり。天気は良いんだけどなぁ。駅舎に併設されている展望台から山寺(正しくは立石寺。「閑さや 岩にしみ入る 蝉の声」という松尾芭蕉の句で有名)の写真など撮る。念のため書き添えるが、肝心の立石寺に詣でたりはしない。上掲画像でもおわかりのとおり、山頂のお寺を詣でるには急峻な山肌を、千段を超える石階段を登って行かねばならない。今の自分がそんなことをしたら、足が生まれたての子鹿のようになって、帰路クラッチを踏めなくなってしまう。若い頃は平気の平左で上り下りしたが、罰当たりでももうそんなことはしない。
その駅舎展望台から降りてくると、ベンチで休む婦人がふたりいた。プン太郎はそのベンチ前に横付けしている。こういう土地の、こんな時間に素通りも変じゃないか。挨拶したら逆に声をかけてくれてありがたいわ、と喜ばれた。駅のベンチだから電車(仙山線)を待っているのか訊いたら、単なる散歩だという。片方の年配の女性は眼が見えない(あるいは見えにくい)らしい。白杖を目の前で振って見せてくれた。ジョン・レノンがかけていたような、茶系統のサングラスがカッコいい。隣のもうひとりの女性はヘルパーさんだという。「どちらから来たの?」「仙台です。二口林道が舗装されたと訊いて、ホントかどうか確かめに」「そうなのよ、舗装されたのよ、2年くらい前だったかしら」「以前は酷い道でねぇ……。クルマを壊しそうになりましたよ」。他にも最近の天気のこと(さすがに山形もここ数日は涼しいらしい)など、取留めのないおしゃべり。出かけた先でのこういう時間が大好きだ。本当は腰を据えてたくさんお話を伺いたいところだが、散歩のお邪魔をするのも憚られる。別れ際もまた「声をかけてくれて嬉しいわ」と言われる。ヘルパーさんからはプン太郎を「かっこいい」と褒められた。名残惜しかったので、お願いしておふたりの写真を撮らせてもらう。
さて帰路はどうする。おしゃべりしていたって10分程度だ。まだ10時にもなっていない。山形市内、竜山でも梅そばでも寄って行きたいところだが、生憎朝食の消化に時間がかかっている様子。これから異国の地で1時間以上時間をつぶす手立ても思いつかない。なので帰ることにした(笑)。1回のツーリングで同じ道を走らない掟に従い、手っ取り早くR286で仙台に戻る。
山寺からK276に乗る。べにばなトンネルを抜けて滑川のローソンの角へ。ここからはR286だ。笹谷トンネルを抜け宮城県の川崎町内、釜房ダムを経由して秋保温泉をかすめ、愛子を抜けて帰宅。晩ご飯の買い物をしても12時だった。
もはやここも定点観測地点に。山形市上東山のお社わき
4時間半/124km
整備された二口林道もだが、なんと言ってもあの山寺へ2時間で行けてしまうことに驚いた。ひたすら走るだけならもっと短縮できるだろう。二口林道を走ることができる期間は、1年の内の数ヶ月だけだが、こんな魅力的なワインディングと山寺がセットになっているなら(山形の人なら秋保温泉とセットで考えていただきたい)、こりゃ来年もまた走りに行くだろう。同僚に感謝しなければ。