クルマで行きます主催オフ会にて試乗の機会をいただいた。ありがたいことである。それぞれのインプレッションを書いてみよう。5台とも山形県山形市、西蔵王公園のまったく同じコースを走った。勾配の強い上り坂が数百メートル、高低差の少ないワインディングを数kmの往復である。この日の試乗体験は個別にアップしていく。

alfa_manbowさんのホンダ S2000
S2000を最後に運転させていただいたのは2016年。あれから5年、manbowさんの個体は総走行距離14万kmを超えた。
2016.8.22. 試乗記・HONDA S2000
5年前の試乗時は、オープンカーの運転経験がほぼ無く、少し舞い上がっていた。途中から雨に降られたのでオープン状態で走ることができた距離数は僅かだったが、そんな心理状態と僅かなオープン体験からだけでも、S2000のボディは硬いと思った。筆者の中の数少ない比較対象としてアルファロメオ スパイダー(916)があったが、ぜんぜん違うな!と。それもそのはず、マツダ ロードスターショックで各社から様々なオープンカーがリリースされた中で、ホンダは同じ国産自動車メーカーとして、ロードスター(当然NA)のもつ瑕疵を、徹底的につぶす方向でS2000を仕上げたという。「うちがやりゃあ、あんなもんじゃない」。その回答のひとつが、オープンボディにしては異例の剛性だったというわけだ。
そんなS2000、2021年の今乗ってみると、ボディの硬さは健在だが、内蔵、つまりシャシー上に建て込まれたあれこれには緩さが感じられる。それはきちんと乗られているからこそでもあろう。別にイヤな印象ではない。むしろ運転するこちらも肩に力を入れずに接することができる。また風の巻き込みも記憶よりも多く、それもまた嬉しい。ホンダのクルマに個人的に期待するのは「精密精緻なシフトノブの動作」と「元気に吹け上がるエンジン」のふたつ。前者は記憶にあるシビック TYPE Rのそれには及ばず、後者はペースの遅い一般車の後ろを追従することになり、片鱗も味わえなかった。今書いたとおり、だからがっかりということはなく、「こう、ちんたら走るのも悪くないね、S2000」という感じだった。
「このデジパネ、懐かしいなぁ」と、オレンジ色で表示される速度や虹をかけるかのような動きのバー状のタコグラフを眺める。するとS2000がデビューした00年代中ごろの、自動車好きの心中にあったざわざわした感じが蘇ってくる。ホンダがまだ山っけがあった頃の、興奮とも違う、なんとも言えないわくわくした感じ。あの頃のホンダのオレンジ色のデジタルメーターパネルは、新世紀の自動車が纏うであろう自由さのようなものを象徴していた。自動車の性能はもっともっと良くなると、無邪気に期待できた。そのとおりになったと思うか、事態はまったく逆だと思うかは人それぞれ。吉凶相半ばというのが本当のところだろう。だが製造方法の合理化と運転操作の電動・自動化が、自動車をここまでつまらないものにするとは、筆者には想像できなかった。あのベンツがアンビエントライトの多色を売りにするとは。あのポルシェがSUVで屋台骨を支える日が来るとは。ルノー車の中身が日産車になる日が来るとは。BMWが設計も製造もしない車種にプロペラマークを貼り付けて、しかもそれをトヨタと分け合う日が来るとは。
この日運転したS2000には、技術を積み重ねれば、ガソリンエンジンはこれまでにない高みに到達できるとメーカーもユーザーも信じていられた頃の、明るい空気と、そこはかとない熱気が漂っていた。2021年の今、ホンダ S2000を運転する意味は、その残滓を道路上で感じられることにあるのかもしれない。alfa_manbowさん、ありがとうございました。